かふうデビュー
- 2015年11月26日
- 未分類
今週金曜日発行の「週間かふう」に筆者宅が紹介されることと
なりました。ありがたくも弊社の紹介までして下さるてんで、
実名上等で登場します。
カメラマンのYさん、事故後の傷ッつらが映らないアングルで
グッドジョブ! ライターのTさんにも筆者の拙いベシャリを
綺麗にまとめて頂きました。
いや、前歯を折っていたこの日の筆者の滑舌は芸人の諸見里大介
レベル。 ご腐心本当に感謝申し上げます。
さて、文中に出てくる「鈴木英人」と「わたせせいぞう」の補足説明を少々。
両人はバブル前夜の80年代を代表するイラストレーターで、ビビットな
配色とラディエーションを実線で描く手法をもって、その世界を確立した
御仁です。
鈴木英人の作品
わたせせいぞうの作品
後者は漫画家が本業だが、前者は雑誌の表紙やレコードジャケットも
手掛けるなど、10代の筆者にとってはより身近な存在でした。
そういえば、シャンプーのパッケージも描いてた気がします。
インパクトがあったのは何といってもコレ ↓
洋楽の新譜はFM放送から仕入れるモノとされていた80年代前半。
音楽番組は今よりずっと多く、またDJ(パーソナリティなんて言葉はなかった。)
はDJ本来の仕事(曲をかけるのがメイン、おしゃべりはその合間)をしていた
時代です。
FM放送の「週刊TVガイド」的な雑誌が数冊あるなか、10代に圧倒的に支持
されていたのがこのFM STATION。 その表紙を担当していたのが
イラストレーター鈴木英人です。 (付録のカセットレーベルもね。)
リスナーはそれをカセットに録音し、ラジカセやウォークマンで楽しむわけですが、
その「録音する行為」は「エアチェック」といったハイカラな名称で呼ばれてましたっけ。
三つ子の魂なんとやらと云います。歳は違えど、50前の筆者が持つテイストのほとんどは
この時代にインスパイアされたもののようです。
思えば、愛機のフルアコギターもこの頃夢中になったブライアン・セッツァーの真似だし、
愛車コペンだって鈴木氏のイラストに頻繁に登場した356スピードスターのオマージュ
でしょう。
情報も智恵も足りなかった時分です。外敵に対する免疫力が低かったのは事実ですが、
流行もの一つをとっても、今よりずっと貫通力がありました、ハイ。
マイホームをお考えの皆さん。特に筆者と同じく80年代に青い春を過ごした方。
この度かふうに紹介された拙宅は、この頃、筆者がみた夢の延長でした。
皆様の夢は?
ぜひ、それをお聞かせください。ハレイワ不動産は、貴方の夢を実現させるために
存在します。
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