かふうデビュー

今週金曜日発行の「週間かふう」に筆者宅が紹介されることと

なりました。ありがたくも弊社の紹介までして下さるてんで、

実名上等で登場します。

 

1かふう

 

2かふう

 

カメラマンのYさん、事故後の傷ッつらが映らないアングルで

グッドジョブ! ライターのTさんにも筆者の拙いベシャリを

綺麗にまとめて頂きました。

いや、前歯を折っていたこの日の筆者の滑舌は芸人の諸見里大介

レベル。 ご腐心本当に感謝申し上げます。

 

 

さて、文中に出てくる「鈴木英人」と「わたせせいぞう」の補足説明を少々。

両人はバブル前夜の80年代を代表するイラストレーターで、ビビットな

配色とラディエーションを実線で描く手法をもって、その世界を確立した

御仁です。

 

鈴木英人

鈴木英人の作品

 

わたせせいぞう

わたせせいぞうの作品

 

後者は漫画家が本業だが、前者は雑誌の表紙やレコードジャケットも

手掛けるなど、10代の筆者にとってはより身近な存在でした。

そういえば、シャンプーのパッケージも描いてた気がします。

 

インパクトがあったのは何といってもコレ ↓

FM ステーション

 

 洋楽の新譜はFM放送から仕入れるモノとされていた80年代前半。

音楽番組は今よりずっと多く、またDJ(パーソナリティなんて言葉はなかった。)

はDJ本来の仕事(曲をかけるのがメイン、おしゃべりはその合間)をしていた

時代です。

FM放送の「週刊TVガイド」的な雑誌が数冊あるなか、10代に圧倒的に支持

されていたのがこのFM STATION。 その表紙を担当していたのが

イラストレーター鈴木英人です。 (付録のカセットレーベルもね。)

リスナーはそれをカセットに録音し、ラジカセやウォークマンで楽しむわけですが、

その「録音する行為」は「エアチェック」といったハイカラな名称で呼ばれてましたっけ。

 

三つ子の魂なんとやらと云います。歳は違えど、50前の筆者が持つテイストのほとんどは

この時代にインスパイアされたもののようです。

思えば、愛機のフルアコギターもこの頃夢中になったブライアン・セッツァーの真似だし、

愛車コペンだって鈴木氏のイラストに頻繁に登場した356スピードスターのオマージュ

でしょう。

情報も智恵も足りなかった時分です。外敵に対する免疫力が低かったのは事実ですが、

流行もの一つをとっても、今よりずっと貫通力がありました、ハイ。

 

 

マイホームをお考えの皆さん。特に筆者と同じく80年代に青い春を過ごした方。

この度かふうに紹介された拙宅は、この頃、筆者がみた夢の延長でした。

 

皆様の夢は?

ぜひ、それをお聞かせください。ハレイワ不動産は、貴方の夢を実現させるために

存在します。

目指せ、永遠の中二病!

 

 

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