ゲージツ

まだまだ暑い日が続きますが、朝夕は秋めいてきた趣があります。

このところドタバタ映画と三文小説しか読まない筆者もちょっと

芸術チックなDVDを借りてみました。

inside llewyn davis

インサイド・ルーウィン・デイビス

オスカーアイザック主演

 

コーエン兄弟の映画は伏線が多くて一回見ただけでは理解できない

ものが多いのですが、やはり今回もまだ「腑に落ち」きっておりません。

舞台は60年代初頭、ボブデュラン前夜のグリニッジヴィレッジ。(実は筆者も

かつてここに住んでおりました。)鳴かず飛ばずのフォークソングシンガーである

ルーウィンが茶トラの猫とニューヨークからシカゴへ、そしてまたヴィレッジに

戻ってくるいわゆるロードムービーです。

その間、間男かまして友達の彼女ジーンを孕ませたり、クラブでケンカしたりと

終始F言葉が飛び交うところはNYならでは。

物語も後半すぎになって、はじめて猫の名前が「ユリシーズ」と明かされるの

ですが、ここで初めて本作の白眉が「漂流」と分かります。

ルーウィンがその名前を聞き返すことからも、そこから物語の流れが変わること

からも、固有名詞「ユリシーズ」は本作品のキモだと思うのですが、その外の

場面では特に触れられることはありません。(そういえば、ジーンの悪態に

“Everything you touch turns to s〇〇t, like Midas idiot brother.” なるものがあったが

これもある意味ギリシャ神話つながりか。)

とにかく、本日はその「ユリシーズ」についてひとこと。

 

「ユリシーズ」は、アイルランド出身の作家ジェイムス・ジョイスの大作ですが、

いわば、ホメロス作の古代ギリシャ叙事詩「オデュッセイア」のパロディです。

「オデュッセイア」は英雄オデュッセウスが祖国イタケに戻るまでの漂流生活を

壮大なスケールで描いたものですが、ジョイスはそれを1904年6月16日の

1日の出来事としてまとめました。

この「ユリシーズ」とにかく難しくって、筆者は(もちろん日本語訳を)3年かけ、

(いや、4年だったか)20回は読み返しようやくこの本の意義(意味ではない)

を理解しかけたところです。

DSCN3187

丸山才一・永川玲二・高松雄一 訳

全4巻(写真は第2巻)

東大英文科卒の偉いセンセが3人がかりでっせ。

DSCN3188

日本語で書かれているので文字が追えないことはない。

ただし、訳注を参照しながらでないと(それでもなお)意味が

通じない。

 

そもそも、「ユリシーズ」に意味を求めてはいけないそうです。

一言でいえば、文章というものに内在するプロットとか構成と呼ばれるものを

破棄することによって、作者が持つ表現方法とリズムを引き出す…. この手法を

「意識の流れ」(stream of consciousness)と云うそうですが、学者でもない

我々一般読者がユリシーズ本文→ユリシーズ訳注→ホメロス→ユリシーズ本文….

と繰り返し頑張っても「大人のいたずら書き」は、なかなか前に進みません。

だいたい、こういった実験的かつ前衛的なものは、英文学の基礎がしっかりでき

ていて、20世紀初頭のダブリンを十分に理解していて、元ネタのオデュッセイアに

ついても「桃太郎」「かぐや姫」レベルで染みついていないと。

 

で、いい機会だから21回目いっとく? いえ、とてもとても.. 鬼平犯科帳に

しときます。

 

追伸

愛車「ベジータ号」のエンジンがイっちゃったので、同じAF20Eをポン付け。

すこぶる調子の良さです。ついでにバイザーと泥除け装着しました。

いい感じでしょ!?

DSCN3189

 

DSCN3190

 

沖縄の物件さがしは、ハレイワ不動産へ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コメントを残す

HTMLタグは使えません。

公開はされません

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)